【労働市場から退出】30代後半のおじさんが1人消えても社会にも会社にも影響無し

人生
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本記事では、「30代後半のおじさんが無職を目前にして感じていること」について書いていきます。

 

私は、2026年3月31日付けで退職し、4月1日から無職になります。

 

心身ともに健康なので働こうと思えば働けますが、再就職の予定はありません。

退職後にやりたいことがあるわけでもありません。

ただ、無職となって生きて行くことになります。

 

そんな30代後半のおじさんが無職を目前にして感じていることを書いていきます。

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無職を目前にして感じていること①労働者としての適性が低い割にはよく耐えて頑張った

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無職を目前にして感じていること1つ目は、「労働者としての適性が低い割にはよく耐えて頑張った」です。

 

新卒で働き始めてからのこれまでの10数年間を振り返ると、かなり無理をして、自分に過度な負荷をかけてしまっていたと反省させられます。

 

「もう会社を辞めよう。」

「働くのを止めて少し休もう。」

 

何度もこれらの言葉を思っては飲み込んで、自分の中で消化してきました。

 

生活に必要なお金を稼ぐために働く必要があったためです。

 

私が大学生で就職活動をしていた時期は、就職氷河期で買い手市場でしたので、働き口を確保するのに苦戦しました。

 

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働き口の確保を最優先に、高望みせず、身の丈に合った就職活動をして、なんとか内定先を確保することができました。

 

なんとか内定先を確保して働き始めることができたものの、当時の労働環境は劣悪なもので、過酷な環境下で労働に従事することになりました。

 

私が働き始めた当時は、まだ日本のホワイトカラー労働者の労働環境が見直された転機(※)を迎える前だったので、パワーハラスメントをはじめとした各種ハラスメントが蔓延しており、長時間残業も当然という空気がありました。

 

心身ともに疲弊する日々を送っておりました。

 

上司から叩かれたり、蹴られたりすることもあれば、大勢の社員が仕事しているフロア内で指導担当の先輩社員から罵倒と呼ぶ方がふさわしいような叱責を受けることもしばしばありました。

 

当時は、在宅勤務やWeb会議が普及しておらず、座席も固定されていたため、業務時間中は、逃げ場のない閉鎖的な空間で拷問を受けているような感覚で、早く時間が過ぎるのを待つだけでした。

 

そして、終業後も休日も仕事のことが頭から離れず、心も体も休まらない日々が続きました。

 

労働者としての適性が低い割には、このような生活の中で、精神的負荷と肉体的負荷に耐えて、現在まで繋いでくれた過去の自分には感謝しかありません。

 

 

※日本のホワイトカラー労働者の労働環境が見直された転機(本ブログ筆者の実体験からの主観的な感覚に基づくものです)

私の考えでは、日本のホワイトカラー労働者の労働環境が見直された転機は大きく2つあり、1つ目は2015年末の電通事件、2つ目は2020年4月の緊急事態宣言です。

 

特に、後者の影響が尋常ではなく、それまで、働き方改革のコンサルタントやアドバイザーが何年かけてやっても微塵も前進しなかった、ホワイトカラー労働者の働き方改革が劇的に進展しました。

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無職を目前にして感じていること②今後、自分の生活はどうなっていくのだろう

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無職を目前にして感じていること2つ目は、「今後、自分の生活はどうなっていくのだろう」です。

 

社会で一般的と思われているレールから外れていくという感覚があります。

 

物心が付いてからこれまでを振り返ると、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、そして、企業となにかしらの集団や組織に所属してきました。

 

今回、退職し無職になることで、物心が付いてからはじめて、なんの集団にも組織にも所属していない無所属状態になります。

 

無職となり、無所属状態となった後に、自分の生活がどうなっていくのかは全く想像がつきません。

 

無所属状態となっても、案外、私の生活は変わらないのかもしれませんし、なにか大きな変革を余儀なくされるのかもしれません。

 

ただ、1つ確実なのは、私個人に対する世間の信用は0(か限りなく0)になるということです。

 

就職し、「学生」という身分を失ってからは、私に対する世間の評価は、私個人ではなく、私が在籍している企業に基づき行われてきました。

 

マンションの賃貸契約ができるのも、クレジットカードを作れるのも、私が企業に在籍しているからです。

 

私個人に対する信用ではなく、私が在籍している企業に対する信用によって、私の生活が成り立っているわけです。

 

言い方を変えると、個人で査定されると信用0だとしても、その個人が企業に在籍するだけで信用が付与されるということです。

 

これは、企業に在籍することで得られる利点の中でも大きなものです。

 

在籍している企業と自分を同一視し、企業の格を自分の格と勘違いして威張る人が散見されますが、そのような虎の威を借る狐状態の人を生んでしまうほどこの利点は生活に大きな影響を持ちます。

 

この利点を放棄するわけですから、必ず悪影響が出てくると思います。

 

退職して無職になるのは2026年4月1日からですので、まだ実感はありませんが、無所属状態に居心地の悪さを感じて、再就職やアルバイトなどを考えるようになるのかもしれません。

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無職を目前にして感じていること③資産形成しておいて良かった

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無職を目前にして感じていること3つ目は、「資産形成しておいて良かった」です。

 

今回、退職を決断するまでの過程で、社会に出た後の選択と判断は、保有している金融資産の量に影響を受けていることを実感させられました。

 

社会に出るまでは、周囲に用意してもらった環境の中で生活していれば、なんとかなりました。

 

自分の意思とは関係無く、「学生」や「未成年」のような身分が適用され、自分一人でやれることにも制限が設けられています。

 

また、小学校では6年間、中学校では3年間、高校では3年間、大学では4年間というように、それぞれの段階において一定の期間が区切りとして設定されています。

 

その期間が終わったら、自分の意思とは関係無く、次の段階に進むことが求められます。

 

自分自身で選択と判断をする機会はあるものの、それらは決められた枠の中でのものであり、人生を賭けるような類のものではありません。

 

権利が制限されている分、責任も限定的なものになっているということです。

 

ただ、社会に出て、「学生」や「未成年」のような身分が無くなった後は、状況が一変し、自立して生活していくことが求められます。

 

社会に出ると、やれることの幅が広がりますが、それ以上に、やらなければならないこととやってはいけないことが増えます。

 

やらなければならないことの最たるものは、生活を維持するためにお金を稼ぐことです。

 

自立して生活していこうとすると、消費のための費用など自分の意思で支払うものはもちろん、生きているだけで発生する費用(住民税など)もあり、それらを自分で負担するためにお金を稼ぐ必要があります。

 

その手段として、多くの人が労働を選択し、労働市場に入ります。

 

私もその一人でした。

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やってはいけないことは無数にあります。

 

やらなければならないこととやってはいけないことが増える、というよりは、責任が無制限になるという表現の方が正確かもしれません。

 

何かあると、全て自己責任で片付けられてしまう可能性があることを覚悟しなければなりません。

 

そして、責任が無制限になった後は、区切りとなる特定の期間が定められていません。

 

人それぞれ異なります。

 

労働者であれば、1つの企業に在籍し続ける人、在籍する企業を変える人、企業に在籍せず働く人もいます。

 

定年まで約40年間働く人、定年後も働く人、私のように10数年間で労働市場から退出する人もいます。

 

ここで重要なことは、自分に選択の余地があるかどうか、です。

 

働かなければ自立した生活を維持できない状況と働かなくても自立した生活を維持できる状況では大きな違いがあります。

 

これまで退職しようと思ったことは数え切れないほどありましたが、働かなければ自立した生活を維持できない状況でしたので、その都度、思いとどまり、労働を継続してきました。

 

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保有している金融資産が膨張する中、退職という選択肢が頭の片隅に浮かぶようになりましたが、まだまだ輪郭がぼやけていて、本当にそれが自分にとって現実的な選択肢なのか判断が付かない状態が続いていました。

 

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保有している金融資産が1億円に近づくにつれて退職という選択肢が現実味を帯びていきました。

 

企業に在籍し続けるという選択肢が一番現実的であることに変わりはありませんでしたが、精神的な余裕が生まれ、労働に対する姿勢が変化していっていることを感じていました。

 

「働かなくてもなんとかなるんじゃないか?」

 

そんなことを考える時間が増えていきました。

 

そして、その後も保有金融資産が膨張する中で、異動した部署の上司や同僚で完全な外れくじを引いたことをきっかけに退職を真剣に検討するようになりました。

 

 

異動先の部署の業務内容自体は非常に興味深いもので、その分野で経験を積んで専門知識を習得していきたいと考えて、自分で希望して異動しました。

 

私個人の状態としても、ハラスメントが蔓延していた暗黒の時期を耐え抜き、会社が労働環境改善を進める中で、ようやく労働にやりがいを求める余裕が出てきたところでした。

 

しかし、異動先の部署では、他人と関わる仕事をさせてはいけない類の人たちが好き放題やっており、無法地帯と化していました。

 

これは大きな誤算でした。

 

これまでの経験から完璧な職場など存在しないことは百も承知でしたが、それにしても、状況はひどく、期待して異動した分、理想と現実の乖離はとても大きなものになりました。

 

自分の立場を守るための無駄な工程作りと維持に勤しむ老害たち。

無気力で他責思考の中堅社員。

それら老害の悪事を知りながら、面倒事を見て見ぬ振りして放置する管理職。

 

これらの相手をしなければならないことで生じる精神的苦痛は日に日に強くなりました。

 

職場での精神的苦痛が日に日に強くなるのと並行して、保有している金融資産も膨張を続ける中で、退職という選択肢の優先順位が上がり、企業に在籍し続けるという選択肢と拮抗するようになりました。

 

そして、一定期間、保有している金融資産総額の増減推移を追い、1億円以上を維持できるようになったことを確認したことで、「よし、辞めよう。」と思い、退職を決断しました。

 

保有している金融資産を運用することで、働かなくても自立した生活を維持できるという判断に至りました。

 

 

 

今回、退職を決断するまでの過程で、社会に出た後の選択と判断は、保有している金融資産の量に影響を受けていることを実感させられました。

 

労働の精神的負荷と肉体的負荷に耐えて、資産形成を進めてくれていた、過去の自分に感謝です。

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無職を目前にして感じていること④生まれる時代が違ったら、自分の労働者人生は違う結果になっていたのだろうか

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無職を目前にして感じていること4つ目は、「生まれる時代が違ったら、自分の労働者人生は違う結果になっていたのだろうか」です。

 

私が在籍している企業(本記事執筆中の2026年3月中旬時点ではまだ在籍しており、3月31日付けで退職)の新入社員や若手社員向けの待遇は、年々、改善されていっています。

 

自分が彼らと同じ年齢だった頃の状況を考えると隔世の感があります。

 

「ここ数年の、そして今後も続くであろう、完全な売り手市場で就職活動していたら・・・」

 

「新入社員がお客様として丁重に迎えられる時に入社していたら・・・」

 

「若手社員の内から、こんなに高待遇をもらえていたら・・・」

 

私が新卒で入社した時と比較すると、同じ企業とは思えないほど変化しています。

 

採用活動を見ていても、自分が入社した当時は、足切り当落線にかすることすら無かった大学の学生が入社してきています。

企業も、売り手市場において新入社員を確保するために、採用対象を拡大せざるを得ず、年々、その範囲を拡大しているためです。

 

ただ、こんなに新卒での就職活動が易化し、若手社員の労働環境の整備が進む中で入社できていたとしても、結局、今回と同じような結果になっていた可能性があったのではないかと思います。

 

むしろ、今回よりも早く、そして、十分に金融資産を蓄積する前に、労働市場から退出していた可能性すらあるのではないかと思います。

 

その理由は、私の労働者としての適性の低さだけではありません。

超売り手市場で入社した場合、周囲と労働条件を比較せずにいられず、自分の職場の悪い所ばかり目についてしまうのではないかと考えるためです。

 

超売り手市場で、選んであげる側として就職活動に臨むことになるので、言い訳や妥協の余地はありません。

 

条件が良い企業から内定を取って当然という空気の中での就職活動を行うことになります。

 

なので、条件が良い企業から内定を取れたとしても、周囲の学生と比較して納得感が下がる(隣の芝生が青く見えてしまう)可能性が、買い手市場での就職活動時と比較して高いのではないかと考えます。

 

買い手市場で、選んでもらわなければならない側として就職活動に臨んでいたら、働き口の確保が最優先になります。

働き口の確保は、生活を維持するためにお金を稼ぐことに直結しており、自立した生活の大前提だからです。

 

働き口の確保を最優先に、高望みせず、身の丈に合った就職活動をし、内定先を確保した場合は、周囲の学生と比較し納得感が下がることはあっても、働き口を確保できたことの安心感の方が勝ります。

自分の芝生も青く見えるわけです。

 

この違いは大きいと思います。

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年々、労働環境が改善されているとしても、労働は労働なので、精神的と肉体的負荷(苦痛)が発生することはあります。

 

そして、せっかく条件が良い企業に入れているのに、他人と比較して落ち着かないし、自分の企業の悪い所ばかりが目についてしまう。

 

労働者としての適性の低い私が、そんな環境で労働者人生を始めていたら、今回よりも早く、そして、十分に金融資産を蓄積する前に、労働市場から退出していた可能性は十分にあったと思います。

 

就職氷河期の買い手市場の中でも働き口を確保できたことの安心感が、ハラスメントが蔓延していた暗黒の時期を耐え抜く力の源泉になり、今日まで生き延びることができたと考えると、就職氷河期に就職活動せざるを得なかったことは逆に良かったのかもしれません。

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最後に

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30代後半のおじさんが、無職を目前にして感じていることを書いてきました。

 

就職活動していた学生の時期からこれまでの10数年間の労働者人生を振り返ったことで、色々と考えが整理できて良かったです。

 

読んで字の如くなので、紙面を割くことはしませんでしたが、記事の見出しにある通り、30代後半のおじさんが1人労働市場から消えても、社会にも会社にも影響が無いということも実感しています。

 

退職前の有給休暇消化期間に入っており、もう労働していませんが、これまでと何も変わらずに社会も会社も動き続けています。

 

30代後半のおじさんが1人労働市場から消えても、社会にも会社にも何も影響はありません。

 

私の代わりはいくらでもいるので、私が抜けた穴はすぐに埋まり、何事も無かったかのように会社は動き続けます。

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そして、これも、あえて紙面を割くことはしませんでしたが、与えられた条件下で分を弁えて生きていくことの重要性もあらためて認識しました。

 

「アリとキリギリス」を読んだ感想の記事にも書きましたが、「持たざる者」として生まれた人の人生戦略の1つが「分を弁えて生きる」だと考えています。

 

最初から自分に限界を設定する必要はありませんが、出来ないことや向いていないことを早めに認識する。

そして、認識したら、すぐに方向転換する。

 

諦めずにやり続けることは大事ですが、それと同じくらい、方向・方針転換することも大事だということを30年強の人生で学びました。

 

方向転換して進んだ先に、自分が「持つ者」として生きられる場所があるかもしれません。

 

今回、退職を決断するまでの過程で、就職活動からこれまでの労働者人生10数年間を何度も振り返りましたが、分を弁えずに生きていたら、自分が検討できる選択肢は今よりもずっと少なかったはずです。

 

これからも、与えられた条件下で、分を弁えて生きて行こうと思います。

 

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無計画で無職状態になりますので、今後、自分の生活がどうなっていくのか全く想像がつきません。

 

退職を決断してから実際にやったことと言えば、退職後も負担しなければならない費用の試算だけです。

 

無職状態に居心地の良さを感じ、今後も無職状態を満喫するかもしれません。

無職状態に居心地の悪さを感じて、再就職やアルバイトなどを考えるようになるのかもしれません。

 

どうなっていくのかは分かりませんが、考えても仕方ないことは考えずに、1日1日を大切に過ごしたいと思います。

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