【マインドコントロールされていたことで救われていた話】30代後半独身男が無職になるまでを振り返って思うこと

人生
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本記事では、良いマインドコントロールも存在するということについて書いていきます。

 

一般的に、マインドコントロールは悪い行為<注1>として認識され、良いマインドコントロールが存在することを知らない人の方が圧倒的多数だと思います。

 

今回は、良いマインドコントロールも存在するということ、具体的には、30代後半独身男の私が、無職になるまで<注2>を振り返り、マインドコントロールされていたことで救われたていたことに気付いた話について書いていきます。

 

 

退職前の有給休暇消化期間に入り、自分のためだけに時間を使えるようになりましたので、これまでやりたくてもできていなかったことに時間を投入し始めており、その1つが読書です。

 

昔から特定の分野にこだわることなく、本を選んでいましたが、企業(という集団)を離れて、無職(集団に属していない個人)になると決めてからは、「集団」や「個人」について解説する内容と思われる本を意識的に選ぶようになりました。

 

そんな時、岡田尊司さん著「マインド・コントロール」<注3>を見つけ、「マインド・コントロール」という単語の強さに惹きつけられたことと、「個人」として生きていく上で得られるものがあるかもしれないと思ったため、読み始めました。

 

「マインド・コントロール」を読む前の私は、マインドコントロールについて、「マインドコントロール = 洗脳 = 悪い行為」という単純化され、漠然とした認識しか持っていませんでした。

 

 

「個人」が「集団」の支配下に置かれて搾取されること、もしくは、「個人」が「個人」の支配下に置かれて搾取されること。

搾取する側から説明すると、「集団」が「個人」を支配下に置いて搾取すること、もしくは、「個人」が「個人」を支配下に置いて搾取すること。

 

前者の例としては、昨今、日本国内で問題視されているカルト教団。

後者の例としては、家庭や恋人関係におけるDV、ホストやキャバクラでの色恋営業など。

 

支配や搾取という単語と結び付けていることから分かるように、マインドコントロールは犯罪の類のようなもので望ましくなく、負の側面しかないという認識をしていました。

 

「マインド・コントロール」を読んだことで、このマインドコントロールの負の側面に関する認識は正しいことが分かりました。

 

ただ、それと同時に、マインドコントロールには負の側面しかないということに関しては誤りであり、正の側面もあることが分かりました。

 

良いマインドコントロールがあるということに関しては、最初、「ん!?」と思いましたが、「マインド・コントロール」に記載されている内容と自分の実体験をあわせて考えると納得できました<注4>。

 

「マインド・コントロール」を読んだことで、私は、長期間にわたり、自分では気付かぬ間にマインドコントロールされていて、それにより救われていたことを理解しました。

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本記事では、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることを一通り整理した後、マインドコントロールにより救われていたことについて書きます。

 

まずは、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることの1つ目「そもそもマインドコントロールとは」について書いていきます。

 

<注1>

マインドコントロールの負の側面及びそれに関連する事象については、一切、肯定する意図はありません。

マインドコントロールの正の側面についても触れる本記事の性質上、誤解される人がいるといけませんので、念のため、記載いたします。

 

<注2>

本記事執筆中の2026年3月下旬時点は在籍中です。

2026年3月31日付けで退職しますが、再就職の予定は無く、4月1日から無職になります。

無職を目前に控えて、30代後半独身男が感じていることを書いた記事はこちらです。

 

<注3>

「マインドコントロール」や「マインド・コントロール」などの表記があるようですが、本記事内では、「マインドコントロール」の表記で統一します。

本記事内で、岡田尊司さんの著作「マインド・コントロール」を参照する時は、正式な題名通りに「マインド・コントロール」と表記します。

 

<注4>

本記事内には、「マインド・コントロール」を読んだ上で独自の解釈を加えたものが多分に含まれています。

私は心理学者や精神科医ではなく、専門的な知識は保有しております。

「マインド・コントロール」を読み、私なりに理解し解釈した上で、自分の経験を交えて本記事を執筆しています。

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マインドコントロールに関して理解しておく必要があること①:そもそもマインドコントロールとは

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そもそもマインドコントロールとは何なのでしょうか。

 

「精選版 日本国語大辞典」で確認してみます。

精神を管理・制御すること。

特に、対象となった人の感情・思想・行動などを本人に気づかれることなく支配し、一定の方向に変えること。

(出典:精選版 日本国語大辞典)

 

支配という単語だけを見ると、悪い行為を意味する単語のように思えますが、説明文全体で見ると、善悪の判断はつきません。

 

一定の方向という幅を持たせる記載になっておりますので、良い方向にも悪い方向にもどちらにもと解釈することはできそうです。

 

次に、「マインド・コントロール」内でマインドコントロールの例として言及されているものを見てみます。

 

・テロ組織とテロリスト

・カルト教団と信者

・大衆の投票行動に影響を与える、プロパガンダやマスコミ操作

・受験で難関校入学を目指す進学クラスに入る

・大衆の購買行動に影響を与える、広告宣伝活動

 

上2つは悪いマインドコントロールの例だと言い切れますが、下3つはどうでしょうか。

特に一番下は、マーケティングという1つの分野にまで発展していますし、適切な方法で行われている限りにおいては、悪いマインドコントロールの例には該当しないと思います。

 

「マインドコントロールは悪い行為」というのが世間一般の認識だと思いますが、ここまでの内容に基づくと、「マインドコントロールは必ずしも悪いものとは言えない」という認識の方がしっくりきそうです。

 

次は、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることの2つ目「マインドコントロールされた状態」について見てみます。

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マインドコントロールに関して理解しておく必要があること②:マインドコントロールされた状態

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マインドコントロールされた状態とはどのような状態なのでしょうか。

 

「マインド・コントロール」によると、自分で主体的に考え、判断し、行動するという力が大幅に低下している依存症の状態とされています。

 

該当箇所を引用します。

マインド・コントロールされた状態にある人の最大の特徴は、依存症である。(中略)

自分で主体的に考え、判断し、行動するという力を大幅に低下させてしまっているということだ。

カルトにはまり込んだわけでもないのに、自分で判断し、行動することができないとしたら、それはカルトではないにしても、誰かにマインド・コントロールされながら生きている、あるいは、生きてきたということだ。

 

引用箇所だけ見ると、マインドコントロールは悪い行為で、負の側面しか存在しないような印象を受けます。

自分で判断し、行動することができない状態というのは、望ましくない状態でしかないように感じるためです。

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マインドコントロールについてもう少し詳しい説明を見てみます。

「マインド・コントロール」では、マインドコントロールには、悪いマインドコントロールと正しいマインドコントロールの2種類あることが説明されます。

 

まず、悪いマインドコントロールについての説明です。

 

こちらは、マインドコントロールと聞いて、私が元々思い浮かべたものです。

世間一般が、マインドコントロールと聞いて思い浮かべるのもこちらだと思います。

 

該当箇所を引用します。

1つは他人の心理状態を操作することにより、他人を支配したり、搾取したりする面。

一般にマインド・コントロールという言葉はこちらの意味に用いられることが多い。

その最たるものが「洗脳」と呼ばれる一連の操作である。(中略)

マインド・コントロールには、このように他人を操作するというネガティブな側面がある。

 

支配や搾取という否定的な単語が並びます。

 

悪いマインドコントロールにおいては、支配主体が「個人」であれ、「集団」であれ、支配する側とされる側が明確で、一方向の関係となります。

 

支配する側は、自分の利益のために他者を支配しようとし、支配される側は、自分で判断し行動することができない状態。

支配される側は、些細なことをするのにも、自分を支配している人間の意向や顔色を窺い、その意のままになります。

 

次に、良いマインドコントロールについての説明です。

 

こちらは、「マインド・コントロール」を読むまで私は認識しておりませんでした。

 

該当箇所を引用します。

一方で、非常にポジティブな側面もある。

自分の心理状態をコントロールすることで能力を発揮したり、より高いパフォーマンスを実現したりする効用の部分である。

こうしたマインド・コントロールの技術は、自分の能力を最大限に活かしたり、困難や障害を克服する上でとても有用な技術である。

 

こちらには、「支配」や「搾取」のような否定的な単語は無く、「自分の心理状態をコントロール」、「能力を発揮」や「障害を克服」などの表現が並びます。

 

自分の心理状態をコントロールというのは、「個人」が自分自身に集中できている(ゾーンに入っている)状態で、自分自身と正しく向き合えている双方向の関係と言えると思います。

 

また、関係者がいる場合、それは支配主体というものではなく、「個人」が能力を発揮したり、より高いパフォーマンスを実現したりするのを直接的にも間接的にも支える存在ということになります。

こちらも双方向の関係と言えるでしょう。

 

こちらは、自分で判断し行動することができない状態というよりは、自分で判断し行動する必要が無い状態という表現が適切なのかもしれません。

目標が定まっていて、ぶれずに進めているということです。

 

マインドコントロールというと、どうしても悪い印象を抱きがちですが、正しいマインドコントロールについては、自己暗示による能力発揮と考える方がよいのかもしれません。

 

次は、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることの3つ目「マインドコントロールの方法」について書いていきます。

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マインドコントロールに関して理解しておく必要があること③:マインドコントロールの方法

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「マインド・コントロール」では、理性的な人間がマインドコントロールを受けて、テロリストになる過程を例として用いて、マインドコントロールの方法が説明されています。

 

該当箇所を引用します。

普通の理性的な人間がテロリストに生まれ変わってしまう。(中略)

そこには2つの要素がある。外部の世界からの遮断と1つの目的に向けて視野を小さな1点に集中させるということだ。(中略)

小集団、小さなチームとの排他的な関係がまず用意される。

そこではほとんどの時間を共に過ごし、それ以外の生活や外部からの情報の流入を可能な限りシャットアウトする。

そうすることで、そこでの生活が全ての基準となっていく。

小さな集団を支配しているルールや価値観に、いつのまにか支配されるようになる。

 

マインドコントロールには2つの段階があるということです。

 

まず、マインドコントロールの対象を、特定の集団に閉じ込めて、外部の世界から隔離する。

 

 

その後、その集団を支配している価値観を生活の基準にさせていくことで、自分自身で物事を考えられない状態にする。

 

これは、悪いマインドコントロールが使用された例ですが、良いマインドコントロールも方法は同じです。

 

隔離と価値観の浸透の2段階を経てマインドコントロールが行われます。

 

その結果、悪いマインドコントロールの影響下に置かれると、些細なことをするのにも、自分を支配している人間の意向や顔色を窺うことになり、自分で判断し行動することができない状態に。

良いマインドコントロールの影響下に置かれると、目標が明確に定まっており、自分で判断することなく、進んでいける状態になります。

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マインドコントロールの方法を説明するにあたり、テロリストになるまでの過程という極端な例が使われましたが、日常生活の中でも同じことが起きています。

 

人は誰でも望むと望まざるとにかかわらず、何かしらの集団に属しており、その集団の価値観を基に物事を考えたり、生活に反映させたりする必要があるからです。

 

日常生活の中で、マインドコントロールが行われているとすると、それらの影響はどのようなものなのでしょうか。

 

次は、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることの4つ目「良いマインドコントロールが良い結果を保証するわけではない」について見てみます。

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マインドコントロールに関して理解しておく必要があること④:良いマインドコントロールが良い結果を保証するわけではない

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マインドコントロールには、悪い側面だけでなく、良い側面もあるということは先述の通りです。

 

ただ、マインドコントロールの良い側面を生かせている場合でも、それが良い結果を保証するわけではありません。

 

「マインド・コントロール」では、使い方次第でマインドコントロールが人を傷つける手段にもなれば、生活の可能性を広げる手段にもなるということが説明されます。

 

該当箇所を引用します。

個人のレベルで行われるマインド・コントロールも集団のレベルで行われるそれも使われ方一つで、人間を操り人形に変えてしまう非人道的な搾取技術にもなれば、生活や人生のクオリティを高め、可能性の限界を広める極めて有用な手段にもなり得る。

毒にも薬にもなる劇薬なのである。

 

毒にも薬にもなる劇薬という表現は注目に値します。

劇薬というのは、使用方法を誤ると重大な健康被害を引き起こす可能性がある薬のことであり、マインドコントロールがその劇薬に例えられています。

 

良いマインドコントロールと悪いマインドコントロールがあることはこれまで見てきましたが、マインドコントロールが善悪どちらにもなり得る状況があるということです。

保護者と子供の関係を例に見てみます。

 

保護者は、子供の代わりに意思決定したり、行動を制限したりします。

 

学習塾や習い事に通わせる、門限を設ける、交友関係を制限する。

これらが子供のためを思って行われているとするなら、子供が自ら考えて行動する余地が無かったとしても、良いマインドコントロールと考えて問題ないと思います。

子供の将来や安心安全を考えて、直接的にも間接的にも支える存在として保護者が存在しているわけです。

 

ただ、この良いマインドコントロールが良い結果を保証するわけではありません。

 

保護者としては、

・学習塾に通わせることで、学業も人並みにはできるようになってほしい

・習い事に通わせることで、様々な経験をして、自分の得手不得手を知ってほしい

・門限を設けることで、危険な目に遭う可能性を少しでも減らしたい

・交友関係を制限することで、道を外さないでほしい

という思いだったとしても、悪い結果を招く可能性はあります。

 

「親の心子知らず」で保護者に反発して不良になったり、過保護が原因で自立できない大人になってしまう可能性はあります。

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ここまで、マインドコントロールに関して理解しておく必要があることを一通り整理してきました。

 

ここから、実際に私が受けていたマインドコントロールとそのマインドコントロールにより救われていたことについて書いていきます。

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私が受けていたマインドコントロールについて(1)どんなマインドコントロールだったか

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実際に私が受けていたマインドコントロールについて書いていきます。

 

物心ついてから無職になるまでの30数年を振り返り、生きている中で様々なマインドコントロールを受けてきたことを理解しました。

 

まず、日本で生まれて生活していく上で、日本の法律、慣習や常識が全ての大前提として存在します。

 

 

次に、自分が育てられた環境で重視される価値観があります。

これは、日本の法律、慣習や常識と重複するものに、育った環境独自の価値観が付け加わったもので物事を考える際の基準となります。

 

 

そして、成長し、人間関係が広がる中で、周囲の人たちとの関係を構築し維持するために必要な価値観を身につけ、生活に反映させていくことが求められるようになります。

 

まずは、義務教育の期間を通じて、半ば強制的に身につけさせられます。

良い経験だけでなく、たくさん痛い目を見ながら、人付き合いの基本や難しさを理解します。

 

そして、労働市場に入った後は、労働者として生きて行くために必要な価値観を身につけていくことになりますが、この労働者として生きて行くために必要な価値観が少し厄介です。

 

労働者として生きて行くために必要な価値観が厄介な理由は、悪いマインドコントロールと相性が良いからです。

 

まず、労働者になると、個人の事情よりも集団の事情が優先される環境で日中の多くの時間を過ごすことになります。

 

配属先の職場で同僚に囲まれて日中のほとんどの時間を過ごす中で、企業や職場のルールや価値観が生活の基準となり、労働中心の生活となっていきます。

労働中心の生活を送ることで、職場の人間以外との関係がますます希薄になり、さらに労働中心の生活となっていくという悪循環に入ります。

 

職場から物理的に離れていたとしても、日本は国民に勤労の義務を課しており、社会も労働することを当然視しているため、精神的に労働と距離を取ることは簡単ではありません。

 

そして、企業ごとに求める価値観が異なるため、周囲の助けが役に立たない場合があるということも厄介です。

労働者共通で求められる価値観はありますが、企業ごとに求める独自の価値観もあり、それらに自分を合わせることが求められます。

 

先述のテロリストの例のような極端な状況ではないにしろ、労働市場に入った後は、隔離と価値観の浸透の2段階を経験することになります。

これは、まさに、外部の世界からの遮断と1つの目的に向けて視野を小さな1点に集中させることになるというマインドコントロールの方法です。

 

例にもれず、私の生活も、労働中心のものとなっていきました。

救いだったのは、労働は賃金という対価が与えられることです。

精神的苦痛と肉体的苦痛に耐えなければなりませんでしたが、労働を続けたことで、資本形成や納税を継続して行うことができました。

 

 

物心ついてから無職になるまでの30数年間で受けてきたで様々なマインドコントロールを見てきました。

 

これらは私の生活にどういう影響を与えたのでしょうか。

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私が受けていたマインドコントロールについて(2)マインドコントロールのおかげで、分を弁えて生活することの大切さを学べていた

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物心ついてから無職になるまでの30数年間を振り返った時、マインドコントロールしてもらっていなければ、道を踏み外していた可能性があった場面が幾つもあったことを理解しました。

 

マインドコントロールしてもらっていなければ、自分の分を弁えない判断と行動で、自分自身を追い込む結果になっていたかもしれません。

 

「今、これをやらなかったら、後でもっと苦しくなる」

「今、これをやってしまったら、後でもっと苦しくなる」

 

人に自慢できるようなことは一切してきませんでしたが、要所要所での「最低限やらなければならないこと」と「絶対にやってはいけないこと」の判断だけは外さずに生きてくることができました。

 

これは、自分で様々な選択肢を精査して判断した結果ではなく、自分の価値観(感覚)に合う答えが不正解ではなかっただけです。

 

生活する中で身につける必要があった価値観(感覚)が、自分や他者を傷付けることに繋がるものでなかったということは、良いマインドコントロール下で生活してきたということですので良かったです。

 

私は、一定の制限が設けられていなければ、楽な方に楽な方にと流れてしまいますので、これから挙げるような劣悪な状況で生まれ育っていたら、自分や他者を傷付けるような人生を送っていたかもしれません。

 

自分が育てられた環境で重視される価値観が、日本の法律や慣習と乖離しているものだった場合

 

 

成長過程で関わる相手を間違った場合

 

お金を稼ぐことに関して、まともな倫理観を持たないまま社会に出されていた場合

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最後に

30代後半独身男の私が、無職になるまでを振り返り、マインドコントロールされていたことで救われたていたことに気付いた話について書いてきました。

 

私の場合は、退職を決めて、自分自身のために時間が使えるようになったことで、自分のこれまでをふりかえるようになりましたが、働きながらでもできることですし、もっと早くからやっておくべきだったと感じています。

 

人は誰でも望むと望まざるとにかかわらず、何かしらの集団に属しており、意識していなくても、その集団の価値観を基に物事を考えたり、生活に反映させたりしています。

置かれている環境や立場は人それぞれ異なるものの、自分の生活にどのような影響を与えてきたか、または、今後与えそうか、について考えることから得られるものがあると思います。

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