【努力は報われるのか】アリとキリギリス

人生
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本記事では、努力について書いていこうと思います。

 

イソップ(=アイソーポス)編纂の「アリとキリギリス」を読んだことが、本記事を書くきっかけになりました。

 

まずは、簡単に「アリとキリギリス」の内容を説明します。

 

「アリとキリギリス」は、イソップが、紀元前6世紀頃に編纂した寓話の1つです。

 

「今さえ楽しければ良いと後先考えず過ごすキリギリス」、そして、「未来を見据えて地道に努力を続ける働き者のアリ」という対照的なキャラクターが登場する本作。

物語の結末は、「地道に準備し続けたことで越冬できたアリ」と「怠慢が原因で越冬できなかったキリギリス」というものです(※1)。

対照的な結末(生と死)を迎える2者の存在を描くことで、アリの様に、未来を見据えて地道に努力することの大切さを読者に伝えます。

これは、紀元前6世紀版の自己責任論という感じでしょうか(※2)。

 

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「アリとキリギリス」の世界の中では、努力不足が死に直結します。

努力が生存に直結するということは、努力しないと生きれないわけですから、努力の価値が極端に高いということになります。

 

では、私たちが生きる現実の世界において、努力とはどういうものなのでしょうか。

現実の世界でも、努力は重要ですが、生存に直結しているわけではありません。

 

まずは、「私たちにとって努力とは何なのか?」について考えていきます。

 

 

※1:アリが助けてあげることでキリギリスが生き残る結末など別の形の結末もあります。

※2:「アリとキリギリス」の世界では、努力不足が死に直結しますので、今日、私たちが暮らす現実の世界で語られる、自己責任論よりも厳しいですね。

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私たちにとって努力とは何なのか?

努力は、日常生活の中で掲げる目標を達成するために欠かせないものです。

 

目標達成までの過程で様々な困難に直面しますが、それらを克服して進んでいくには、努力する必要があります。

私が努力について考える時、冒険の途中で遭遇する怪物を倒すための武器が、頭の中で浮かびます。

困難という怪物を倒して進むための武器が努力ということです。

 

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勉強、スポーツ、仕事などで目標を達成するためには努力が欠かせません。

目標達成までの過程で直面する、様々な困難を克服するためには努力する必要があります。

 

◇勉強でしたら、受験や資格試験で合格するための努力

◇スポーツでしたら、好成績を収めたり、プロ選手になるための努力

◇仕事でしたら、営業成績を上げたり、昇進していくための努力

 

その他の分野でも目標を達成するためには努力が欠かせません。

 

 

では、努力をすれば、必ず目標を達成できるのでしょうか。

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努力をすれば、必ず目標を達成できるのか?

残念ながら、努力は必ずしも報われるわけではありません。

 

その理由を大きく3つに分けると、1つ目は『そもそも努力をしていないから』、2つ目は『間違った努力をしているから』、3つ目は『努力ではどうにもならないことがあるから』となります。

 

さらに、この3つの理由は、1つ目と2つ目を『自分の思考と行動次第でどうにかなるもの』、3つ目を『自分ではどうしようもないもの』として分けることも可能です。

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まずは、1つ目『そもそも努力をしていないから』と2つ目『間違った努力をしているから』について書いていきます。

 

一例として、受験や資格試験用の勉強を挙げます。

下記の3人が同じ試験に臨むとします。

□参考書を買ったことに満足してしまい、それらを使わず放置している人

□参考書を読むだけの人

□参考書を読むのに加え、過去問題を解くなどして、実戦感覚をつかみながら学習する人

 

1人目は、そもそも努力していないので不合格になる可能性が高そうです。

2人目と3人目は、どちらも努力はしていますが、3人目の方が合格になる可能性が高そうです。

 

立派な目標を掲げても、目標を掲げることに満足して、努力しなければ、達成することはできません。

努力をしたとしても、その仕方が間違えていたら、達成は難しくなります。

 

次に、3つ目の『努力ではどうにもならないことがあるから』について書いていきます。

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努力ではどうにもならないことがある

私たちが生きる現実の世界には、努力ではどうにもならないことが溢れています。

 

◇目標を達成するために努力は必要

◇しかし、努力ではどうにもならないこともある

 

これは、年を重ね、人生経験を積めば積むほど理解するようになります。

私の場合、35年以上生きており、物心ついてからも30年以上経っていますので、痛いほど思い知らされてきました。

 

努力ではどうにもならない理由の1つ目は、『生まれる場所と時代によって、周囲の環境が厳し過ぎて、努力云々以前のため』、2つ目は『努力では太刀打ちできない「持つ者」が存在するため』です。

 

これらを理解して生きなければ、必要以上の挫折を味わうことになりかねません。

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努力ではどうにもならない理由①:生まれる場所や時代によって、周囲の環境が厳し過ぎて、努力云々以前のため

努力ではどうにもならない理由の1つ目は、『生まれる場所や時代によって、周囲の環境が厳し過ぎて、努力云々以前のため』です。

 

「アリとキリギリス」では、怠慢なキリギリスは越冬できず命を落とし、努力したアリは無事に越冬することができました。

アリの努力は正当に報われました。

 

しかし、周囲の環境が厳し過ぎたら(例えば、異常気象や食料不足が襲ったら)、アリが地道に努力しても生き延びる可能性は下がります。

周囲の環境が厳し過ぎて、努力が無に帰すためです。

 

ちなみに、周囲の環境がなまぬるくて、キリギリスですら越冬し生き延びることができる場合もあります。

幸運に恵まれたというやつです。

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これは、人間が生きる現実の世界でも同じです。

生まれる場所や時代によって、周囲の環境が厳し過ぎて、努力が報われないことがあります。

 

その良い例が就職です。

 

下図を見てください。

緑色の年の有効求人倍率は1倍未満で、無色の年は有効求人倍率は1倍を超えていました。

 

一般的に、就職氷河期と言う時は、右から2つ目の緑色の期間を指していますが、一番右の緑色の期間も就職氷河期で非常に苦しい時期でした。

 

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これは、同じ就職活動なのに、時代が違うだけで、その様相が全くの別物ということです。

◇1988~1992年や2014~現在は、幸運に恵まれた時期で、この時期に就職活動を行えた人々は、誰でも努力せずに良い結果が得られます。

◇一方で、1994~2004年や2009~2013年は、運に見放された時期で、この時期に就職活動をしなければならなかった人々は、努力しても報われない経験をすることになります。

 

私は、後者の就職氷河期時代に就職活動をしました。

なんとか内定は得ましたが、新卒という資産を企業に買い叩かれて、労働者として搾取されてきました。

就職氷河期時代に就職活動したため、内定を得てお金を稼ぐ場所を確保できただけでも良かったのかもしれないと前向きに考えるようにしています。

 

努力ではどうにもならない理由の1つ目『生まれる場所や時代によって、周囲の環境が厳し過ぎて、努力云々以前のため』について書いてきました。

 

次に、努力ではどうにもならない理由の2つ目『努力では太刀打ちできない「持つ者」が存在するため』について書きます。

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努力ではどうにもならない理由②:努力では太刀打ちできない「持つ者」が存在するため

努力ではどうにもならない理由の2つ目は、『努力では太刀打ちできない「持つ者」が存在するため』です。

 

同じ時代と場所に生まれたとしても、競争条件は平等ではありません。

「持つ者」と「持たざる者」が存在します。

「持つ者」の前では、「持たざる者」の努力は意味を成しません。

 

「持つ者」の分かり易い特徴としては下記があります。

◇家柄が良い

◇親や親戚からの支援が厚い

◇見た目が良い

◇身体能力が高い

 

これらの要因は、自分の努力でどうにかできるものではなく、生まれつき不平等です。

 

物心がつき、小学校、中学校、高校と成長していく過程で、「持たざる者」がどんなに頑張ろうと「持つ者」の前では無力であることを大なり小なり実感します。

そして、「持つ者」と「持たざる者」の間の埋められない差を痛いほど思い知らされていきます。

 

努力ではどうにもならない理由の2つ目『努力では太刀打ちできない「持つ者」が存在するため』について書いてきました。

 

 

では、「持たざる者」はどうすれば良いのでしょうか?

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分を弁えることが大事

努力ではどうにもならない理由を2つ書いてきましたが、これらを理解せずに成長し、社会に出ると、必要以上の挫折を味わう可能性があります。

 

では、どうすれば良いのでしょうか?

『分を弁えて生きる』というのが、私の30年強の人生から導き出された答えになります。

 

『分を弁えて生きる』とは、下記の繰り返しだと考えています。
◇自分の出来ないことや向いていないことを認識
◇その認識に基づいて、自分自身が進むべき道を設定
◇進む中で、自分の出来ないことや向いていないことが分かったら、また進むべき道を再設定

◇自分が幸運に恵まれている時は、それを全力で生かす

 

 

『分を弁えて生きる』ことが出来ないまま成長していくと、下記の様な大人になってしまいます。

こんな人たちがあなたの周りにいませんか?

◇努力できないのに、権利だけは主張する活動家

◇楽してお金を稼ごうとして、他者から搾取という楽な方法を選択をする人

◇相手の気持ちを考えず、自分の思い込みで動き、結果が伴わないと攻撃的な言動をする人

 

 

最初から自分に限界を設定する必要はありませんが、出来ないことや向いていないことを早めに認識する。
そして、認識したら、すぐに方向転換する。

諦めずにやり続けることは大事ですが、それと同じくらい方向・方針転換することも大事だというのが30年強の人生から得られた結論です。

方向転換して進んだ先に、自分が「持つ者」として生きられる場所があるかもしれません。

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最後に

ここまで、努力について書いてきました。

 

努力について書いてきた後でこんなことを言うのはなんですが、極論を言うと、日本に生まれたら、努力する必要はありません。

日本では努力しなくても死ぬことは無いどころか、衣食住に困らない贅沢な生活を送れます。

外人ですら努力せずに贅沢な暮らしを送っています。

世界で一番勤勉な国民の努力により、生活保護制度と世界で一番の治安が維持されているからです。

世界で一番勤勉な国民たちに養ってもらうことで衣食住に困らない贅沢な生活を送れ、世界で一番の治安からの恩恵も享受できますので、日本は世界で一番努力の価値が低い国と言えるでしょう。

 

しかし、私は、自立していたいです。

自立するには、私は「持たざる者」ですので、努力し続ける必要があります。

 

努力しても必ず報われるわけではありませんが、努力を止めたら生きていけません。

そして、進む先に、自分が「持つ者」として生きられる場所があるかもしれませんので、出来る限りのことはしたいと思います。

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